私が住んでいる場所は何度か書いているように、
山も海もそばにあって自然が豊富な土地。
クリックで拡大しますつまり
田舎 ってことですが(笑)、
ここまでナチュラルな大自然が目の前にあるって
すごいことだと思うんですよね。まさに圧巻。
夫はこの土地で生まれ、この大自然の中で育って来たので、
一緒に散歩をしていると「このトンネルでかくれんぼしたんだよ」
「毎日おじいちゃんと散歩に来てこの小屋の中でおやつ食べたんだ」
といつも思い出を話してくれます。遠い遠いまったく別の国で
育った私たちだけれど、こういう話を聞いていると思い出を
共有しているようでなんだか嬉しくなるんですよね。
家から5分のアルノ川沿いの小道。
このままピサの町まで続いています動物や虫を大事にし、お年寄りに親切で自分よりまず他人を
思いやることの出来る夫。そんな夫の優しい性格を育てたのは、
優しい家族とこの自然だったんだろうなぁ…、と緑に囲まれて思いました。
オリーブの木以前も書きましたが、私は夫の両親と完全同居をしています。
天使のように優しい義両親は、こんな田舎の普通の家庭に
ある日突然飛び込んできた異文化を振りかざすエイリアン(私)のことも
優しく受け止めてくれ、温かい目で見守ってくれています。
でも、やっぱり他人と暮らすのは以前も書いたようにストレスが貯まり、
私の猛反対により二世帯住宅への建て直しは中止。
新しい家を買い、1月から別居することになったのです。
でも、
手術を終え、こんな大自然の中を幸せな気持ちで散歩をしていると、
私はなんてわがままで人の気持ちを考えられない人間なんだろう…
となんとも言えない思いに襲われました。
年老いていく両親への心配を隠して私の意見を受け止めてくれた夫、
将来の心配をよそに新居の決定を心から喜んでくれた義両親、
私は彼らの心の奥にあるものを、一切考えようとしなかったんじゃないか?と。
生まれた時からいつも一緒の仲の良い夫と友人たちとの関係、
毎日2,3回ずつは必ず訪れる夫の行きつけのBAR、
たくさんたくさん思い出が詰まったこの大自然、
こういう夫の大切なものをここに置き去りにさせてまで、
私は自由が欲しかったのか?と。

私は日本でも何度も引越しをしていたし、20歳で短大を卒業してから、
ドイツ・ミュンヘン→イタリア・フィレンツェ→東京→ドイツ・フュッセン→
ドイツ・ミュンヘン→イタリア・ピサと何度も場所を変えながら
生活をしてきました。
そのせいか人や家、そして土地に対して驚くほど執着がなく、
なるべく自由にやりたいことだけをしながら過ごしたい、と常に
思いながら生きてきました。
なので二世帯住宅に反対した時は同居という思いやりを最も必要と
される環境で息がつまる思いをしていた時で、自分でもああする以外
どうしようもなかったんだ、ということは今考えると理解できます。
でも、その時夫や義両親はどういう気持ちだったんだろう…
と思うとものすごく切なくなるんですよね。
彼らは本当に純粋で、常に他人の幸せを考えて行動している人たち
なので、たぶん自分たちの思いは封印したまま私の好きなように
させてくれているのだと思います。
だけど、だからこそ私が彼らの気持ちをまず先に考えてあげなくちゃ
いけなかったんじゃないのかな…
考えれば考えるほど辛くなります…。
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