レストランや店の中で夫とイタリア語で話していると、
「失礼ですが、どこの国の言葉でお話していらっしゃるんですか?」
と聞いてくる人がとても多かったことです。
以前は外国人と歩いていると、好奇心一杯な目で見られることは
非常に多かったものの、好意的に、しかもこちらに話しかけてくる
なんていうことはなかったのでとても驚きました。
そしてすごく嬉しく感じました。
以前は例えば、京都のある小料理屋、
私たちを見るなりあいさつもなく、英語のメニューを置くだけで
目も合わさずに去ってしまう。
飯田橋の本屋、入店するなり英語で弾丸のように話しかけられる。
私が「日本人です」というと、夫を指差し「でもそっちの人は
英語でしょう?」と当然のように話し続ける…


地球に優しい、エコスポンジそうです、日本では、どこから来た外国人であろうと
「英語を話すと思い込む」傾向があるようですよね。
でも、よく考えてみてください。
本当に英語を母国語とした人たちに話しかけるのと違い、
そうでない人たちに日本なのに英語で話しかけるというのは、
ロシア旅行をしている私にスペイン語で話しかけるのと一緒ですよ(笑)。それなら例えわけがわからなくても、
現地語であるロシア語で話しかけられるほうが納得がいくような…。
もちろん、日本人が悪意をもっていないことは
誰の目にも明らかだと思います。
でも、やっぱりいつでもどこでも英語で話しかけられる事実に
がっかりしたり悲しんだりしている日本の外国人って本当に多いんですよね。
私たち日本人も、海外で「ニーハオ〜」と言われたり、
祈るように合わせた手を前にしてお辞儀をされたりすると
違和感を感じることありますよね?
「あ、それ、日本語じゃないし、日本の習慣じゃないし…」と(笑)、頭の中が「???」となること、ありますよね。
それとまったく同じことを、私たちも日本でしているわけです。
嫌な言い方をすれば、いまこういう世の中でアメリカに対して
良い印象を持っていない別の国の人は非常に多く、
「アメリカ人に間違えられる」ことを良く思わない人たちが
少なくありません。そしてそんな彼らは、英語で話しかけられることを
「向こうは自分をアメリカ人だと思っている」と感じることが多いんですよね。
もし「イギリスの方ですか?」と聞かれたら、それほど悪くは
思わないと思います、正直なところ…。
旅行中のカナダ人が、全身ありとあらゆる場所に
カナダの国旗をつけているのもそういう理由からです。
(アメリカ関係の方がいらしたら、申し訳ありません…)
「でも、その人が何語を話すかなんてわからないし…」
と思う方、その意見もわかります。
ならば次回は、
「すみません、英語で話しかけてもいいですか?」とまずは聞いてみてはどうでしょう。
本当はその人は日本語を流暢に話すかもしれない。
なのに最初から当然のようで英語で話しかけることは、
「あなた、外人だから日本語は無理でしょ?」と
決め付けていることにもなるんですよね。
なのでこうワンクッションおくことで、
「別にあなたが英語を話す国からきていると
決め付けているわけじゃないんです、」と
きちんとことわっていることになりますし、
むこうに「あぁ、この人は英語で話したいんだな、」と
心の準備をしてもらえることになりますよね。
「だけどせっかく習った英語、使ってみたい」そう感じる方、お気持ちはわかります。
でも、わざわざ日本に来る外国人ですから、
「せっかく習った日本語を使ってみたい!」と
思っていることもきっとありますよね。
私が一番良いと思うのはまず日本語で話しかけること。
日本人ですもの、堂々と日本語で話しかけましょう。
その人が観光客であったなら、たとえ日本語を理解しなくても
「日本人に話しかけられた!」ときっと良い思い出になることでしょう。
そのあと相手が英語で返してきたら英語で話し始めること、
もし相手が別の言語で返してきて自分がそれをわからなかったら、
「すみませんが私は英語しか話せませんのでもしよければ英語で話して
もらってもよいですか?」と聞くのが礼儀だと思うんです。
(ここで、たとえ「私って英語ベラベラ♪」と思っていたとしても、
「英語しか話せませんので」と自分の立場を下げることにより
相手を敬う表現となります)
こちらから決め付けずに相手の気持ちを尊重すること、
これが最も大切な欧米の「マナー」のひとつなんですよね。


地球に優しい、エコスポンジ私は英・独・伊を話しますが、こうなるまでには色々ありました(笑)。
様々な屈辱も味わってこそ今があると思っています。
だからこそ、相手の話す言葉は大切にしたいし尊重したい。
例えば仕事上で取引先のドイツ人が、一生懸命つたない
イタリア語で話しかけてきたとき、私は必ず、相手に合わせて
イタリア語で話し続けます。どんなに相手が間違えても、
どんなに意味がわかりにくくても、絶対に相手に合わせます。
もちろん相手が困っているとわかれば別ですが。
きっとその人はイタリアで仕事をするにあたり、時間を作って
イタリア語を勉強してきたに違いありません。それはその人の
イタリアとイタリア人に対する尊敬の意に違いないんですよね。
その気持ちは私も心から尊重したいと思いますから。
という意味で、一番最初に戻りますが(長い!)、
今回いろんな場所で「どの国の言葉で話しているんですか?」
と聞かれるのはとても新鮮で嬉しいことでした。
ある時は、20歳くらいの女性が英語のメニューを持ってきて、
「すみません、私日本語しか話せないので通訳していただけますか?
うちの店、英語のメニューしか用意していなんですが、日本語と
英語、どちらがよろしいでしょうか?」とたずねてくださったんです。
それも
笑顔で夫の目を見ながら。
国際社会ってこういうことだと思います。
言葉が話せるかどうかはそう大事なことじゃないのではないでしょうか。
また、「どちらの方ですか?」とたずねてくださり、
イタリア人だとわかると一生懸命知っているイタリア語を思い出しながら
「ブォナセーラ!」「グラツィエ!」と言ってくれる人たちも
今回非常に多かったです。その時の夫の嬉しそうな顔、
ここで動画で紹介したいくらいでしたよ♪
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